 厚真犬は北海道犬として天然記念物に指定されている。温和で従順ながら、いざという時は、勇猛果敢に戦い、主人を守り、古くから人間の最も信頼のおける友人だった。 明治27年、中村イサオクテが東老軽舞に移住してきた。代々アイヌの酋長の家柄で、仲間からの信用も厚く、地理にも詳しかったため、開拓使の案内役も委託されていた。 また、無類の犬好きで狩猟の時はいつも愛犬「ジッセン」を連れ歩いていた。このジッセンはフルシコタンの吉村イカシトカンが飼っていた子犬だったのだが、 イサオクテが一目で気に入ってしまい、どうしても欲しいと頼みこんで、当時としては破格の十銭という金額で買い取った。名前のジッセンはその時の金額をそ のままつけたもの。その目に狂いはなく、ジッセンはどの犬よりも忠実にイサオクテに従った。イサオクテもわが子のように可愛がり、自分の食事を分け与え、 かた時もそばから離れなかった。 明治30年3月、イサオクテは幾春別に猟に出かけた。もちろんジッセンも従った。まだ、雪深い山中で、それでも確実に春の気配を感じながら、雪をかきわ けて進んでいくと、突然目の前に巨大な影がたちふさがった。腹をすかせた巨大な熊だ。イサオクテはあわてて射撃したが、致命傷にならず、手負いの熊は怒り 狂って飛び掛った。ジッセンは威嚇し果敢に体当たりしたが、巨熊にはじきにはじきとばされてしまった。イサオクテも力の限り闘ったが、カンジキをはいてい たため、身体が思うように動かず、ついに倒れてしまった。 ジッセンは幾春別から厚真までを一昼夜たらずで走り、主人の異常を知らせ、捜索隊を導いて幾春別に戻った。遺体を発見した後も、主人のそばを離れようとせず、その姿に関係者は涙を流したという。 このジッセンの曾孫に当たるピンコは明治44年、大正天皇東宮に献上された。北海道では極めて珍しいことである。 | |