古民家の移築再生整備事業
OLD FOLK HOUSE RELOCATION AND RESTORATION PROJECT
厚真町では平成25年から古民家移築再生整備事業を行い、町内に残る農家住宅の構法やしつらえ、間取りを建築当時の姿に近づけて移築し、交流施設として活用できるように整備します。 地域の活性化と町の歴史や文化を継承しながら、関係人口の創出を図る事業です。
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古民家保存・再生の必要性
厚真町が果たす役割
明治から昭和にかけ北海道に移住した人々が建てた古民家は、土間、囲炉裏、独特の梁組み、茅葺屋根など、地方色豊かな特徴を持っています。 しかし、北海道の厳しい気候や戦後の高度成長期に伴う近代的住宅への建て替えの波により、多くの古民家が失われてしまいました。 厚真町ではこれら古民家の保存・再生に先駆けて取り組んでおり、貴重な歴史遺産を守るためにこの事業を続けています。
開拓期の伝統家屋の現状
北海道開拓期、明治期から昭和初期にかけて、多くの移住者が入植しました。道内には日本各地の伝統的な様式の民家が多く点在していたと思われます。しかし、北海道特有の厳しい気候条件による建物の老朽化や戦後日本の高度成長などを背景に、古民家の多くが近代的な住宅への建替えのため解体・撤去されたことにより、現在道内には、一部地域にごく少数が確認されるのみとなっています。
開拓期の伝統家屋の現状
北海道開拓期、明治期から昭和初期にかけて、多くの移住者が入植しました。道内には日本各地の伝統的な様式の民家が多く点在していたと思われます。しかし、北海道特有の厳しい気候条件による建物の老朽化や戦後日本の高度成長などを背景に、古民家の多くが近代的な住宅への建替えのため解体・撤去されたことにより、現在道内には、一部地域にごく少数が確認されるのみとなっています。
なぜ、厚真町に多く
現存するのでしょう?

厚真町に古民家が現存する要因として、小雪寒冷かつ高温多湿の期間が短いなど、木材の品質保存に適した気候が挙げられます。

また、積雪量が多い北陸地方の伝統的構法で建築されていることから建物が頑健な造りであること、更には開拓者の子孫が先祖の労苦に対する尊敬の念と使命感から、個人の責任と努力により残し続けてきたことが理由として考えられます。

古民家再生の意義

北海道開拓期、明治期から昭和初期にかけて、多くの移住者が入植しました。過去においては、日本各地の伝統的な様式の民家が多く点在していたと思われます。

しかし、北海道特有の厳しい気候条件による建物の老朽化や戦後日本の高度成長などを背景に、これら古民家の多くが近代的な住宅への建替えのため解体・撤去されたことにより、現在道内には、一部地域にごく少数が確認されるのみとなっています。

開拓者の労苦をともにし、かつての生活を今につたえる貴重な古民家が失われないよう、保存・再生し、有効活用を進めていくことが大切になっているのです。

利活用

厚真町では、古民家の移築再生事業を通じて、地域の歴史的価値を再発見し、文化遺産としての古民家を現代に活かす取り組みが進められています。

古民家の利活用を通して、移築再生された古民家が地域コミュニティの活性化や観光資源としての役割を果たすことを目指しています。

古民家を利活用することで、地域の伝統や文化を伝える場としての機能を持たせるとともに、地域住民や訪れる人々に古民家の魅力を再認識する機会を提供します。

パン屋、宿泊施設などとしての運用、または地域の工芸品の展示空間として利用することで、古民家の新たな価値を創出し、地域経済の振興にも寄与します。

厚真町の古民家移築再生事業は、過去と現代の架け橋として、地域の持続可能な発展を目指すモデルケースとなっています。

懐かしくて新しい、厚真町のまちづくりの立役者。
歴史と物語のつまった古民家を未来へつなぐ。
事業に関わる方たちのお話を聞く。
厚真町に築100年以上の貴重な古民家が多く存在することは、まだあまり知られていません。厚真町にある古民家の歴史的価値を掘り起こしたのが、北海道建築の第一人者であり、札幌市立大学教授の羽深久夫さんです。現在、町が一体になって進めている古民家再生事業の中心メンバーでもあります。厚真町の古民家再生事業は、2015年にオープンしたフォーラムビレッジに移築再生された第1号の古民家、旧畑島邸にパン屋「此方」が地域に親しまれ、新しい段階へと進み始めています…

動画でもっと知る

「旧畑島邸」から始まった古民家再生事業について、地方創生復興担当理事大坪秀幸に詳細を聞きます。

動画でもっと知る

江川主幹に聞く、
厚真町独自の古民家再生事業に関するアレコレ

町内4つの古民家

01
旧畑島邸
富山県
越中造民家
1910年(明治43年)先に入植していた福田林造氏の村外転出に伴い、当時の当主であった畑島吉次郎氏が家屋の譲渡を受け、現在の朝日地区厚真川付近に移築したのが旧畑島邸です。
02
旧山口邸
福井県
越前型民家
明治41年建築の木造平屋建、越前型の間取りの特徴である8畳4間の意匠を残した農家住宅です。浄土真宗が盛んで格式が高く扱われる上層の越前地方住宅の特徴である、仏間の上手に仏壇の間、座敷の奥に僧侶が休憩する坊主の間が設けられていることから、この住宅も農家住宅の中でも上層のものです。
03
旧幅田邸
富山県
越中造民家
幅田邸は、令和4年度に朝日地区から豊沢地区の環境保全林内に移築再生しました。明治34年ごろから3年をかけて当時の幅田家当主が建築した住宅で、築約120年の建築物です。
04
旧木澤邸
富山県
越中造民家
2018年9月に起きた北海道胆振東部地震で、軽舞地区に位置する「旧木澤邸」という古民家が全壊しました。その後、この古民家の古材の寄付を受け、軽舞遺跡調査発掘事務所(元軽舞小学校)内で、梁組を復元した広間を再現しました。この広間は現在、一般に展示・公開しています。